寝かしつけのあと、ようやく訪れる「ひとり時間」
その日も、いつもと同じ夜でした。
息子を寝かしつけ、リビングに戻って洗い物を片付ける。妻はまだ保育園の連絡帳とにらめっこ。ようやく家の中が静かになるのが、だいたい21時半すぎ。
そこからが、私にとっての一日のご褒美タイムです。
冷蔵庫から冷えたビールを一本。そしてお供は、スーパーの惣菜コーナーで買ってきた「ホタテの貝ひも」。あのコリコリした食感と、噛むほどに染み出してくる磯の旨味。派手さはないけれど、これがあるだけで「今日も一日、なんとか終わったな」と思えるんです。
子育て中の方なら、わかってもらえるでしょうか。豪華な外食でも高級なつまみでもなく、300円くらいの惣菜パックが、その日いちばんの楽しみになるあの感じ。
プシュッ、と缶を開けて、貝ひもをひとつまみ、勢いよく口へ放り込む。
そこまでは、本当にいつも通りの夜でした。
カチッ。奥歯に走った「ひもじゃない」感触
異変に気づいたのは、奥歯で噛みしめようとした瞬間でした。
カチッ。
……硬い。
貝ひも特有の、ぐにゅっと押し返してくるあの弾力とは、まったく違う感触。金属でも噛んだような、硬質な衝撃が奥歯からアゴにかけて走りました。
「えっ、小石? それとも貝殻の破片?」
慌てて口の中のものを手のひらに吐き出します。ぬるっとした貝ひもに紛れて、コロリンと転がり出てきたのは、直径数ミリほどの、小さくて白い粒。
ティッシュで拭って、リビングの照明にかざしてみます。かじりかけの砂利にしては、形が整いすぎている。まん丸で、うっすらと乳白色の艶がある。
「……これ、真珠じゃないか?」
思わず声が出ました。
ホタテからも真珠は出るらしい
あとから調べて知ったのですが、真珠ができるのはアコヤ貝だけではないそうです。ホタテのような二枚貝からも、ごく稀に真珠状の粒(スキャロップ・パールなどと呼ばれるもの)が見つかることがあるのだとか。
貝の体内に砂粒などの異物が入り込み、それを包み込むように成分が層状に固まってできる——仕組み自体は、アコヤ貝の真珠と近いようです。ただしホタテ由来のものは、宝飾品として使われるあの独特のテリとは質感が違うものも多いらしく、価値があるかどうかは別問題。
とはいえ、スーパーの惣菜パックの中に、そんなものが潜んでいるとは思わないじゃないですか。
宝くじの末等が当たったような、ちょっとした奇跡を引き当てた気分。ひとりでニヤニヤしながら、寝ている妻に見せようかどうか迷って、結局スマホで写真を撮りまくっていました。
……が、次の瞬間、背筋が冷たくなった
テンションが上がったのは、正直、最初の30秒くらいでした。
ふと、我に返ります。
もしあの時、何も考えずに全力で奥歯を噛み合わせていたら?
想像した瞬間、まだ痛くもない奥歯がジンと疼きました。
疲れて帰ってきた夜、つまみを口に放り込むときって、味わうというより「噛み砕く」に近い勢いになっていませんか。私はまさにそのモードでした。たまたまその一口が、なんとなくゆっくりだっただけ。
硬いお煎餅や、氷をガリガリやって歯が欠けた——そんな話はよく聞きます。でも「ホタテの貝ひもで奥歯を割りました」は、さすがに聞いたことがない。
歯医者さんの問診票に、なんて書けばいいんでしょうか。
主訴:真珠を噛み砕いてしまいまして。
いや、どこの大富豪だよ、と。むしろ怪盗の類だと思われます。
子育て中の親にとって、歯医者は「行きたくても行けない場所」
ここでちょっと真面目な話をさせてください。
歯が欠けたら困る理由って、痛いからだけじゃないんですよね。
とにかく、通う時間がない。
歯の治療って、一回では終わりません。型を取って、詰めて、調整して……と、平日の昼間に何度も足を運ぶことになります。共働きで、しかも保育園のお迎え時間が決まっている生活で、あの「連続する平日午後の予約」を確保するのがどれだけ大変か。
有給を使うにしても、子どもの発熱でいつ呼び出されるかわからないから、有給は温存しておきたい。土曜の診療枠は争奪戦。夕方に行こうとすれば、お迎えを妻にお願いすることになる。
そして、そのお願いをするときのあの感覚。
「ごめん、木曜の夕方だけお迎え代われる?」 「……また? 何時に終わるの?」
妻だって時短勤務で、自分の時間を削ってやりくりしている。責められているわけじゃないのに、なんとなく申し訳なくて言い出しにくい。だから「まだ大丈夫かな」と先延ばしにして、結局悪化してから駆け込むことになる。
歯を大事にするって、単なる健康管理の話じゃなくて、家庭のスケジュールと、夫婦のあいだの小さな気まずさを増やさないための話でもあるんだなと、この夜あらためて思いました。
我が家では、この一件をきっかけに、夫婦それぞれの歯科検診の予定を、年の初めにカレンダーへ先に入れてしまうことにしました。「空いたら行く」では永遠に空かないので。
明日からできる、ささやかな自衛策
大げさな話ではなく、この夜の私が「やっておけばよかった」と思ったことを3つだけ。
1. 最初のひと口は、探るように噛む
貝類、小魚、殻付きの海老。海産物には貝殻の破片や砂が混ざっていることが、そもそも珍しくありません。疲れている夜ほど、最初のひと口だけは前歯でそっと確かめてから奥歯へ送る。これだけで、たぶんかなり違います。
2. 子どもに海産物を出すときは、大人が先に確認する
これが一番ヒヤッとしたところです。3歳の息子は、まだ「硬いものが混ざっていた」と自分で判断して吐き出すことができません。そのまま飲み込んでしまう可能性だってある。子ども用に取り分けるときは、面倒でも一度ほぐして確認するようにしました。
3. 歯科検診の予約を、先にカレンダーへ入れる
前述の通りです。夫婦で同じ月に入れておくと、「今月は歯医者月間」とお互いに認識できて、お迎えの調整も相談しやすくなりました。
いちばん代えがたい宝石は、自分の歯
結局のところ、今回は運が良かっただけでした。たまたまその一口をゆっくり噛んだおかげで、真珠も、私の奥歯も無傷。
見つけた小さな白い粒は、小瓶に入れて棚に飾ってあります。息子が大きくなったら「これはな、父ちゃんが晩酌中に発見した宝でな」と、少し盛って話してやろうと思っています。
美味しいお惣菜のなかに、ごくたまに、こんなデンジャラスなサプライズが隠れていることもある。海産物を食べるときは、どうかほんの少しだけ慎重に。
奇跡の真珠を掘り当てるのはロマンがありますが、これから何十年も付き合っていく自分の歯のほうが、比べものにならないくらい貴重な宝石ですから。
美味しいものこそ、ゆっくり味わって。歯は、大事にしようね。
みなさんは、食べ物のなかから「まさかの異物」が出てきた経験はありますか? そして、最後に歯医者さんへ行ったのはいつでしょうか。よかったら教えてください。

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