「タッパー神経衰弱」、今日も一人でクリアしました ― 名もなき家事に、名前をつけてみたら

また今日も、誰にも気づかれない家事をこなした夜に

夕食の後片付けを終えて、ソファにようやく腰を下ろした瞬間。ふと「今日、私、何回『名前のない家事』をやっただろう」と思ったことはありませんか。

トイレットペーパーの芯を替える。冷蔵庫の中身を見て「そろそろ買い物リストに足しておかなきゃ」と頭の片隅にメモする。子どもの上履きの汚れ具合をチェックして、洗うタイミングを見計らう。ひとつひとつは小さくて、誰かに「今日はこれをやったよ」と胸を張って言うほどのことでもない。でも、それが一日に何十個も積み重なると、じわじわと心と体を削っていく。そんな感覚、きっと多くの人が抱えているはずです。

「タッパー神経衰弱」を知っていますか

最近、あるコピーライターの方が「名もなき家事」に70種類もの名前をつけたことが話題になりました。その中でも特に共感を集めたのが「タッパー神経衰弱」という言葉です。ちょうどいいサイズの容器とフタを、記憶を頼りに引き出しの中から探し当てる作業。まさに神経衰弱そのものですよね。ほかにも、玄関に散らばった靴を並べ直す「道づくり」など、思わず「それ、私のことだ」と笑ってしまうような命名が並んでいます。

こうした家事は、家事分担の話し合いの場でもなかなか俎上に載りません。「洗い物」「洗濯」「掃除」のように明確な項目名があるものは分担表に書き込めても、「なんとなく気づいて、なんとなくやっている」タイプの家事は、そもそも存在として認識されにくいのです。ある調査では、「名もなき家事の負担が大きい」と感じている人が7割にのぼるというデータもありました。数字にしてみると、決して自分だけの感覚ではなかったのだと、少しほっとする方もいるかもしれません。

問題は、この「名もなき家事」がほとんどの場合、家庭内の特定の誰か一人に偏りがちなことです。気づいた人がやる、というルールは一見公平に見えて、実は「気づく力」や「気になってしまう性質」を持つ人にだけ負荷がかかる仕組みでもあります。悪意はなくても、結果として疲れが偏る。これがじわじわとしたすれ違いの原因になっていることも少なくありません。

名前をつけると、見えてくるもの

ではどうすればいいのか。特効薬のような解決策はありませんが、ひとつ試してみる価値があるのは「名前をつけて、見える化する」ことです。

やり方はシンプルです。一週間だけでいいので、気づいたタイミングでスマホのメモやホワイトボードに、やった「名もなき家事」を一言でいいので書き出してみる。「タッパー探し」「靴並べ」「排水口のぬめり確認」など、自分たちの家庭ならではの名前をつけてもいいかもしれません。数日続けると、驚くほどたくさんの項目が並びます。それを家族で一緒に眺めるだけでも、「こんなにあったんだ」という気づきが生まれ、これまで見えていなかった負担が初めて言葉として共有されます。

そのうえで、全部を均等に分けようとしなくて大丈夫です。「これは気づいた人がやる」でいいもの、「これは曜日で決めておく」がいいもの、「これはもう手放して、多少汚れていてもいいことにする」もの。名前をつけて可視化したことで、初めて優先順位や手放し方の相談ができるようになります。完璧な分担表を作ることがゴールではなく、「見えていなかったものが見えるようになった」という共有体験そのものが、実は一番大きな一歩なのです。

最近では、家事代行サービスや時短家電、収納の工夫など、こうした「名もなき家事」そのものを減らすためのアイデアも増えてきています。すべてを自分たちの努力だけで解決しようとせず、頼れるものには頼るという選択肢を持っておくのも、心の余裕を守るための立派な工夫だと思います。

今日も、お疲れさまでした

名もなき家事は、誰かに褒められることも、達成感を味わえることも少ない作業です。だからこそ、まずは自分自身が「私、今日もたくさんの小さなことをこなしたな」と認めてあげることから始めてみてください。そしてもし余裕があれば、パートナーや家族にも、その存在をそっと言葉にして伝えてみる。

「タッパー神経衰弱、今日もクリアしたよ」。そんな軽い一言が、家庭の中に小さな笑いと、ほんの少しの理解を生むきっかけになるかもしれません。今日も一日、本当にお疲れさまでした。

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